お子様ランチ

着の身着のまま木の実ナナ

4泊5日

喪中のお正月 苦虫を噛み潰したような顔を母親に隠すことができず 物々しい気持ちで向かった世田谷ハウスは 苦しみを処理しきれずに変な明るさで迎えられた

翌日友達に自分の過去と選んだ相手を全否定され メンタル0になった気持ちで帰り、涙の大洪水

時々涙目になったり いきなり漫談したり アメリカ行きのために英語を勉強したり 筋トレしてギックリ腰になったりと 全く意味のわからないムーブを見せつけられた

ただひたすら世田谷ハウスは素晴らしい 自分が集めた好きなものばかりで ちょっとだけ豪華なドライヤーやシャンプー スヌーピー の人形も、ポストカードの壁紙も 元気すぎる観葉植物も 部屋に入る光も、夜空の暗さも、見える星も どれをとっても素晴らしかった

とにかく話し言葉の瞬発力がない 言葉を探しているうちに時間が過ぎてしまう

自分でも口を突いて出て驚いたのは 私たちは将来の方向性を合わせてこなかったじゃん、だから周囲にもその人大丈夫なのかと言われていた、ということ 周りにどう言われるか出なく自分がどう思うかで決めて欲しいと言われたけど 周りの言葉による自分の受け止め方から自分の気持ちを測っている身としては 周りの言葉を無視することは自分の言葉を無視してしまうことになるわけで

一緒にいたい、という言葉が信じられなくなってしまった あの人が何を考えているのか、もうわからない たった1ヶ月離れているだけで、こんなにも心が離れてしまうのか 1年離れたらもう他人になっちゃうのかな ずっとよそよそしい生活だった 結論を出さない限りこうなっちゃうのかな もう0か100しか選択できないのかな

子どもがいなくてよかった、自分と同じ思いをさせてしまうところだった 周囲にも反対されている、それだけ一発アウトなことをされた なんでそんなことしたんだ

問い詰めてしまって申し訳ない気持ちになったけど 間違ったことは言ってない 自己認識が甘いことが透けて見えてしまったから 改めて深刻に捉えてほしくて言ったのかもしれない

どうしたら良いかわからない 目の前の仕事を処理するだけ